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スタッフの伴走日記

2026.03.03

【伴走型支援】井上鮮魚店との2年間に及ぶ歩み

愛媛県西予市三瓶町。 「新鮮な魚を安く届ける」ことで70年続いてきた『井上鮮魚店』。

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店舗前で撮影した家族写真

地域に愛されてきたこの店が、なぜ今、全国のバイヤーを驚かせる「新商品の開発」に挑まなければならなかったのか。

そこには、地域密着ゆえの「優しさの罠」と、そこから抜け出すための泥臭いドラマがありました。


1. 牙城が崩れる音:老舗を襲った「4つの逆風」と「優しさの罠」

「安くて美味しい」は、かつての正解でした。しかし、時代の変化は容赦なくそのビジネスモデルを蝕んでいました。

  1. 人口減少と魚食離れ: 胃袋の数が減り、魚を捌ける家庭も激減。

  2. コロナ禍の直撃: 経営を支えていた「法事・慶事の仕出し」が消滅。

  3. 供給の不安定化: 記録的不漁と魚価高騰で、仕入れ値が跳ね上がる。

動き出すほどに苦しくなる「惣菜」のジレンマ

「魚がそのまま売れないなら」と、井上さんは起死回生の一手として手作り惣菜の製造販売を強化しました。

手間暇かけて煮付けや揚げ物を作る。それはすぐに評判となり、地域の方々からは「助かるわ」「美味しい」と大変喜ばれました。

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早朝より仕込む手作りの惣菜

しかし、ここに大きな落とし穴がありました。 長年支えてくれた地元客への配慮から、価格を上げることができなかったのです。

「喜ばれるほどに、忙しくなる。けれど、利益は一向に残らない」

日が昇る前から立ち働いても、通帳の数字は増えない。そんな「善意の赤字」という出口のないトンネルの中に、井上さんはいました。

「このままでは、三瓶の食文化を次世代に繋ぐ前に、店が倒れてしまう」。

そんな暗闇の中で、井上さんと私たち西予市地域雇用創造促進協議会の挑戦が始まりました。


2. 伴走支援の裏側:思考のフレームワークを書き換える

私たちは単に「商品を作りましょう」と言ったわけではありません。まず行ったのは、徹底的なマインドセットの転換です。

① 「地域内」から「地域外」へ

料理研究家の中村和憲氏を交えた協議。そこで出た結論は、「地元の安売り競争から脱却し、価値を認めてくれる地域外(都市部やギフト市場)で、適正価格で稼ぐ」こと。

これが、自分たちの身を守り、結果として地域を守り続けるための唯一の道でした。

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新たな挑戦への始まり

② 未利用資源「鯛のアラ」に宿る物語

次に探したのは「独自の強み」です。三瓶の誇る養殖真鯛。そのフィレ(身)を取った後に残る「アラ」に着目しました。

  • これまでは廃棄されていたもの = 原価を抑えつつ、付加価値を最大化できる。

  • 三瓶の伝統食「鯛そうめん」の核となる味 = 地域独自のストーリーがある。

③ 地域の「痛み」を「商品」に込める

ちょうどその頃、地元の高校の閉校が決まっていました。

「地域の記憶を、形として残したい」。

井上さんの強い想いから、高校生との商品開発ワークショップを企画。

彼らの感性をパッケージに落とし込むことで、単なる調味料ではない「応援したくなる物語」を付加しました。

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最後の卒業生と行ったワークショップ

3. 最大の試練:市場の「NO」をどう受け止めるか

1年近くかけて完成させた『鯛そうめんのつゆ』。

自信を持って八幡浜の道の駅「アゴラマルシェ」へ持ち込みました。

しかし、そこで待っていたのはプロからの「残酷な正論」でした。

「美味しいけれど、マニアックすぎる。鯛そうめんを食べる習慣がない地域で、誰がこれを買うのか?」

ここで多くの事業者は立ち止まってしまいます。

しかし、井上さんは違いました。

「必要とされないなら、形を変えるまで」。

協議会と共に、即座に「汎用性の高い『白だし』」への方向転換を決断したのです。

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調味料の割合や濃度を細かく調整

4. 「製造」という未知の壁をどう突破したか

「調理」と、流通させるための「製品づくり」は似て非なるものです。

ここから、猛烈な「自走」を始めました。

  • 徹底的なヒアリング: 愛媛県産業技術研究所、保健所、OEM企業。片っ端から電話をかけまくりました。「成分分析はどうすれば?」「賞味期限の根拠は?」「製造に必要な工程は?」。

  • プロとの共創: 自社だけで完結させず、宇和島の老舗「宮居醤油店」をパートナーに選びました。老舗の「こだわり」と、製造の「プロ技術」を掛け合わせることで、ついに「家庭で誰でもプロの味が出せる白だし」が誕生しました。


5. デッドライン:商品がないまま「展示会」へ

最初の商品開発から1年半。

実はこの時、まだ商品は完成していませんでした。

しかし、私たちは福岡の巨大展示会「FOOD STYLE Kyushu」へ申し込みを強行。

「完成してから出るのではない。出るから完成させるんだ」

展示会1週間前、ようやく最初の瓶が完成。

ヒリヒリするようなプレッシャーを抱え、井上さんは九州の地へ立ちました。

結実した瞬間

結果は驚くべきものでした。

  • 2日間で約600名の試飲。

  • 一口飲んだ瞬間、バイヤーたちの表情が劇的に変わる。

  • 「鯛のアラだけでこんな味が出るのか?」

不安は確信へと変わり、その場で数件の商談がスタート。

井上さんはこの時、地元の「魚屋」から、全国を見据える「メーカーの経営者」へと脱皮したのです。

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右も左も分からないまま挑んだ展示会

6. 事業者がこの事例から学べる「成功の3原則」

今回の伴走支援がなぜ成功したのか。

それは、単なる「ラッキー」ではありません。

  1. 「労働」と「事業」を切り分けて考える
    地域に喜ばれる「惣菜(労働)」も大切ですが、それだけでは経営は疲弊します。全国へ届く「製品(事業)」を持つことで、収益の柱を分散させることが重要です。

  2. 「完成度」より「デッドライン」を優先する
    準備が整うのを待っていたら、チャンスは逃げます。先に旗を立て、自分を追い込む強さが道を拓きます。

  3. 支援機関を「使い倒す」主走者であること
    協議会はあくまで「伴走者」です。なりふり構わず、情報を取りに行く、相談をする。その熱量があるからこそ、私たちは全力でサポートできるのです。


結び:70年の暖簾を、次の世代の「おいしい」のために。

今回の挑戦を経て、井上さんの活動は「商品の販売」だけに留まらなくなっています。

今、井上さんが力を注いでいるのは、地元の小学生たちに向けた「食育授業」です。

自ら教壇に立ち、三瓶の豊かな海の恵みや、魚を捌く伝統の技術を子どもたちに伝えています。

「魚が売れない」「魚食文化が衰退している」 その現実にただ嘆くのではなく、井上さんは自ら子どもたちの元へ飛び込みました。

魚に触れ、その美味しさに目を輝かせる子どもたちの姿こそが、井上さんが守りたかった「三瓶の風景」そのものだったからです。

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食い入るように見つめる純粋な眼差し

今回の『真鯛の白だし』の開発も、原動力の根底にあるのは「三瓶の魚食文化を絶やしたくない」という、至極真っ当で、熱い志です。

一度は「善意の赤字」に苦しみながらも、立ち止まらずに「地域外へ挑む」という道を選んだのは、店を守るためだけではありません。

「故郷の味を誇れる未来」を、この町の子どもたちに残したいから。

70年の歴史は、今、新しい一歩を踏み出しました。

三瓶の海を愛し、子どもたちの笑顔のために挑戦を続ける井上鮮魚店。

その挑戦は、まだ始まったばかりです。

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守りたい三瓶の風景

西予市地域雇用創造促進協議会は、この熱い志が全国へ、そして次の世代へと繋がっていくよう、これからも全力で伴走し続けます。

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